最高裁判所第二小法廷 昭和41年(オ)30号 判決 1967年6月23日
上告人
井上与一
右訴訟代理人
中田真之助
被上告人
田沢慎一
右訴訟代理人
菊地政
増沢照久
主文
原判決中上告人敗訴の部分を破棄する。
前項の部分について本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人中田真之介の上告理由について。
原判決の認定したところによれば、上告人は、昭和二九年六月二九日、被上告人との間において、訴外協同海事興業株式会社(以下単に「訴外会社」という。)が被上告人に対して負担する本件貸金債務について重畳的債務引受の合意をしたが、被上告人の原債務者である訴外会社に対する右本件貸金債権は、商事債権であつて、五年の短期時効の適用をうけるものである、というのであり、そして、上告人が、抗弁として、右本件貸金債権は、本訴提起前に消滅時効の完成によつて消滅した旨を主張したことは、原判決の事実摘示欄記載のとおり、さらに、原判決は、訴外会社の負担する本件貸金債務については弁済期の猶予があつた事実を認定し、右猶予によつて、上告人主張の右消滅時効の抗弁の一部を排斥したものである。
よつて按ずるに、債務者が、抗弁として、金銭債権が消滅時効の完成によつて消滅した旨を主張し、右時効の抗弁が理由がある場合には、裁判所は、債務者において、再抗弁として、当該債務の弁済期の猶予があつた旨を主張しないかぎり、右猶予によつて消滅時効が完成しないものと判断することはできないものと解すべきであるから、右の場合においては、当該債務の弁済期の猶予の事実については、債権者においてその主張および立証の責任を負うものというべきである。したがつて、本件にあつては、被上告人において、再抗弁として、訴外会社の負担する本件貸金債務について弁済期の猶予があつた事実を主張しないかぎり、裁判所は、右猶予によつて右消滅時効が完成しないと判断することはできない筋合である。しかるに、本件記録を精査するも、被上告人が右弁済期の猶予があつた事実を主張した事跡のないことは、上告人の指摘するとおりである。されば、原判決が、前叙のように、訴外会社の負担する本件貸金債務について弁済期の猶予があつた事実を認定して、右猶予によつて、上告人主張の本件貸金債権についての消滅時効の抗弁を一部排斥したのは、所論のとおり弁論主義に違反するものである。したがつて、原判決中上告人敗訴の部分は、右の点において、すでに破棄を免れない。
よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(奥野健一 草鹿浅之介 城戸芳彦 石田和外 色川幸太郎)